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『胚培養士ミズイロ』から学ぶ不妊治療。仕事との両立の問題点とは

『胚培養士ミズイロ』というマンガをご存知ですか?(おかざき真理さん著)

私は、厚生労働省主催の不妊治療に関する研修会のリーフレットで『胚培養士ミズイロ』を知りました。

社労士という立場柄、不妊治療をはじめとしたプライベートの諸問題と仕事の両立に関する問題にはもともと関心がありましたが、『胚培養士ミズイロ』というコミックタイトルから「胚培養士」という職業にも興味を持ちました。(様々な職業に関心を持ってしまいがちなのも社労士の職業病かもしれません)

不妊治療を患者の立場で綴るマンガやエッセイはこれまでも読んだことがありましたが、医療従事者・治療者の側の視点で不妊治療を知るのも学びがあるのではと思い、実際に読んでみることにしました。

読んでみた感想や紹介を交えながら、不妊治療とは何か、そして不妊治療と仕事の両立にはどんな問題があるのかについて考えるきっかけになる内容を目指してまとめました。

ぜひ最後までお読みください。

目次

『胚培養士ミズイロ』のテーマでもある「不妊治療」って?

『胚培養士ミズイロ』は、不妊治療をテーマとしています。
不妊治療については過去のブログでも扱ったテーマですが、ブログ記事を書いた当時よりも約1年経った現在のほうが社会的な関心が高まっているように感じます。

もちろん現在も不妊治療はデリケートな問題ではありますが、バラエティ番組のトークテーマに取り上げられているのも見かけるようになりました。
すこし前に比べて不妊治療について意見を交わしやすくなってきたのは良い傾向ですが、それでも不妊治療は個々に事情が異なります。
身体の構造上、不妊治療はどうしても女性側の負担が大きく、そういった事情も影響してか、夫婦・パートナー間でさえも不妊治療に対する温度差が見られるケースも珍しくありません。
夫婦・パートナー間でさえも理解し合うことは難しい問題ですから、不妊治療を経験していない人からは誤解も多く、周囲からの悪気のない問いかけに傷つくことも。

まさに不妊治療は妊娠という成果にたどり着く確約が無い中で、身体的な負担・仕事との両立の難しさ・高額な治療費といった問題を抱えながらの孤独な闘いといえます。
不妊治療に対する支援の必要性は社会的にも知られるようになり、2022年4月からは保険適用による治療費の負担軽減も始まりました。

一般社団法人日本生殖医学会によると、“「子どもを持ちたい」と思いつつ、なかなか妊娠しないカップルは、10組に1組とも、5組に1組とも言われている”そうです。
『胚培養士ミズイロ』の中でも、1巻の冒頭で「14人にひとり。日本では体外受精で産まれている。」と説明がされていました。(体外受精については後述)

補足:不妊治療の必要がある「不妊(症)」とは?
「不妊症」とは、なんらかの治療をしないと、それ以降自然に妊娠する可能性がほとんどない状態をいいます。(日本生殖医学会HPより)
日本においては、1年以上妊娠しない場合に不妊症と診断されます。

『胚培養士ミズイロ』でも描かれた不妊の原因

『胚培養士ミズイロ』は、不妊治療は女性が原因であるという“大きな誤解”に切り込んだストーリーが盛り込まれている点でも、不妊治療を知る良い教科書だと感じます。
出産=女性ならではのイベントという印象からか、不妊治療の原因も女性の側にあることが前提とされている節があります。しかしながらマンガ内でも触れられていたように、不妊に悩むカップルの約半数は男性にも原因があることがわかっています。(参考: こども家庭庁HP

『胚培養士ミズイロ』主人公の職業「胚培養士」とは

『胚培養士ミズイロ』の主人公はタイトルからもイメージできるように「胚培養士」として不妊治療に従事しています。
胚培養士について知るためには、まずは不妊治療の種類とステップについて知る必要があります。
一般的には「不妊治療」と総称されていますが、厳密には「一般不妊治療」と「生殖補助医療」に分類されます。

■一般不妊治療とは
不妊検査や排卵時期の確認などの基礎チェックを経てのタイミング法と、タイミング法よりもステップをあげた人工授精のことを指します。

・タイミング法
タイミング法とは、その名のとおり排卵日を特定することで「妊娠の可能性が高い日」を予測し、性交のタイミングをはかることを言います。
医師の指示を受けるほか、基礎体温の記録や排卵検査薬を用いて自己流で取り組む方もいます。

・人工授精
人工授精は、精子を精製(濃縮)したものを直接子宮に送り込む方法のことを言います。
名称に「人工」とつくので誤解されがちですが、限りなく自然妊娠と近い方法です。
精子に障害があるケースや、性交障害がある場合に有効な方法とされています。

■生殖補助医療とは
体外受精や顕微授精として知られている方法で、それらの治療の一連の過程(採卵/採精から受精卵・胚培養、胚凍結保存や胚移植まで)のことを言います。
殖補助医療も上述の一般不妊治療と同様に保険適用になりましたが、年齢に応じた回数上限がある点で注意が必要です。


胚培養士は、上で示した不妊治療の種類(ステップ)のうち、人工授精以降に携わります。

『胚培養士ミズイロ』で知る、治療と仕事の両立の難しさ

『胚培養士ミズイロ』は2024年12月現在6巻まで発売されていますが、それぞれに患者の葛藤が描かれています。
入手できた4巻まで読んだうちで治療と仕事の両立が特に描かれていると感じたのは、1巻第4話の女優さん(45歳)のストーリーと、2巻第9話の年の差夫婦のストーリー、そして4巻第23話のキャリアウーマンの話でした。

女優さんは忙しい中、他の患者からの身バレ対策をしながら不妊治療のために病院に通います。
仕事では重い甲冑を着て馬に乗ったり、アクションや入水もある演技が控えていて、治療のために控えるべき体の負担も仕事のため避けることができません。
それらは不妊治療中の過ごし方としては望ましくないことを胚培養士が伝えるも、「止めないで!気を付けるから!仕事もこの年になると後がないのよ」と訴える姿は切実だと感じました。
芸能界のような世界では、自分のポジションがすぐ誰かに奪われてしまうといった焦りもあるようです。
それでも治療スケジュールにあわせて仕事のオーディションなどは諦めることもあり、事務所が自分の代わりに参加させた別の女優が合格を勝ち取り作品に参加しているのを見かけたうえ、その女優が出産したというニュースを目にして絶望感が描かれたシーンは読んでいて胸が締め付けられました。
おまけにその出産した女優は、若いころに卵子凍結をしていて、それを用いての高齢出産とのニュースを見たときの「得るものがないまま、失っていく音がした」というセリフからは複雑な心境がありありと伝わり、共感する女性も多いのではないかと感じました。
このシーンで、「不妊治療中、揺れない人はいない」という一文が出てくるのですが、これもまた不妊治療中の人の心情を表しているなと感動しました。“揺れない人はいない”とは、“気持ちが揺れない人はいない”という意味だと私は解釈しているのですが、不妊治療中は今度こそはと期待しながらがっかりを繰り返して、他の人の妊娠を喜べない気持ちと葛藤したり、他と比べてもしかたないと自分に言い聞かせてみたり、まさに気持ちが揺れつづけるんじゃないかと思います。

妻34歳・夫24歳の年の差夫婦のストーリーでは、妻が仕事人間で不規則な生活を送っていることもあり、子作りは二の次になっていました。
妻は時間をかけて仕事の整理や調整を進めていきますが、このシーンからは、女性は不妊治療を始める前段階から仕事との両立の問題に向けて動き始めなければならない苦労があることがわかります。
そういった苦労も経ていざ不妊治療と向き合おうとした矢先、若い夫の方に問題(非閉塞性無精子症)が見つかります。
確かに妊娠を望んだときに年齢は重要な要素になりますが、若ければ問題がないわけではないということがこのストーリーから改めて気づかされました。
また、このストーリーでは周囲からのプレッシャーとの葛藤も描かれており、不妊治療中のノイズみたいなものに対するモヤモヤが伝わってきました。
妻が自身の両親から孫を熱望されるのに対して、「婚期!子作り!このふたつは口出ししない!同僚、上司、親戚一同だけじゃない。たとえ親でもだ!」と放ったシーンには、励まされる人も多いのではないかと感じました。

キャリアウーマンのストーリーでは、不妊治療と仕事の両立の難しさから上司に退職を申し出た際のやり取りが印象的です。
上司からは「本当に辞めることがベストなのかね?」「それにしても不妊治療はそんなに予定が立たないものなのかね?最先端医療なんだろう?」と問われます。
これに対して心の中で「他人に相談する度に揺れる 迷う 誰も私に、聞かないで。私の中にも、答えを持っていないんです。」と返します。この描写はかなりリアルだなと感じました。
上司はそのあと不妊治療について知識を得たのか、時間に融通の利く部署への異動を打診してくれるなど協力的になってくれますが、現実ではそういった展開は数少ないのかもしれませんね。
上司が放った「人はさ、何のために仕事をしているんだと思う?僕はねぇ、幸せになるためだと思う。僕は上司として君が夢を叶えて幸せになる、そのサポートをする義務がある。君だけじゃなく、これからも不妊治療をしながら働く部下は出てくるだろう。その度に辞めることが最適解だとは思いたくない。」といったセリフには胸を打たれました。

このように様々な背景を抱えた患者を相手に、不妊治療という難しさに向き合っている胚培養士ですが、主人公のセリフで次のようなものがありました。このセリフは、仕事との両立といった問題をはらむ不妊治療において、周囲が十分に心得ておくべきものだと感じました。

「患者さんが辛いのは、努力が必ずしも結果に結びつかないこと。先が見えないこと。その中で、患者本人が周りに対して説明と説得をしなきゃいけないこと。自分では答えを出せない葛藤を抱えながら。」
(4巻第21話胚培養士のなりかた③より)

『胚培養士ミズイロ』はすべての人に読んでほしい!

『胚培養士ミズイロ』は、治療中の方にとっては共感できすぎて辛くなるほど繊細な心情まで描写されています。
教科書的な知識だけを得ても当事者の心情の追体験は難しいですが、マンガのストーリー、登場人物の表情やセリフを通じてであれば触れられることもあるように感じました。
家族・友人・同僚などに不妊治療に取り組む方がいる人にとって、陰ながら応援するにあたって参考になる描写は多いと思います。
そういった意味で、不妊治療をしている当事者以外にもぜひ読んでみてほしい作品です!

今回は『胚培養士ミズイロ』を通じて、不妊治療や取り巻く諸問題について考える内容でお届けしました。
このブログでは今回のように参考となる書籍等をもとにテーマに関する話題を展開することが多くあります。
ブログを読んでくださった方が、更なる情報を求めて紹介した作品を手に取るきっかけにつながったり、テーマへの関心が高まるきっかけにつながれば幸いです。
週に1度のペースでブログ更新しているので、過去のブログ記事もご覧いただけると嬉しいです。

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