「静かな退職」が広がりを見せているのをご存知ですか?

“静かな退職” というワードをしばしば見聞きすることが増えてきたように感じます。
生活(人生)に占める仕事の割合や、働き方に対する価値観は時代ごとに変化がみられます。
また、ウーバーイーツやタイミーを筆頭にスポットでの働き方が社会に浸透し、辞める際には退職代行の利用が普及するなど、ここ近年は特に変化が著しいように思います。
仕事との向き合い方・熱量は十人十色。「静かな退職」はその象徴といえるかもしれません。
このブログでは、静かな退職とは一体どういうことを指す言葉なのか、静かな退職が広がりを見せる背景にはどのようなことがあったのか等をテーマにお届けしています。
ぜひ、最後までお読みいただけると嬉しいです。
目次
- ○ 「静かな退職」とは?
- ・サイレント退職との違い
- ○ 静かな退職が広がりを見せる背景
- ・静かな退職は “悪”なのか?
- ・『静かな退職という働き方』/海老原 嗣生 著
- ○ 静かな退職のスタンスをとる人への働きかけ
- ○ おわりに
「静かな退職」とは?
「静かな退職」という言葉(概念)は、3年前にアメリカのキャリアコーチから広がってきたクワイエットクイッティング(Quiet Quitting)の日本語訳です。
この静かな退職ということばは、私たちが理想的な働き方として信じてきた“熱心な勤務姿勢を”捨てて、自分の仕事に対して最低限の責任だけを果たすという働き方のことを指しています。
あくまでも主体的にこのスタンスを選択していることが静かな退職のポイントです。
静かな退職という考え方は若い労働者たちに支持されるようになったとされていますが、マイナビ調査によると20代の若い世代だけでなく全世代で4割を超える人がこの静かな退職といえるスタンスでいるといいます。
このように社会的に広がりをみせる「静かな退職」は、先日TBSテレビのニュース23でも取り上げられていました。
番組内でも、上述したように静かな退職を必要最低限の仕事のみをこなす働き方と紹介し、“実際に退職はしないものの心理的には会社を去っている状態”と説明を加えていました。
番組では性別や世代にバリエーションがある司会者とコメンテーターが静かな退職についての意見を交わしており、世代間の捉え方の違いなどが見えて興味深かったです。
そのほか、番組内では実際に静かな退職を実践する若者へのインタビューもされており、その彼は静かな退職を選択したきっかけ(やる気がなくなったきっかけ)について「単純作業に近いタスクなど、将来につながらない業務を振られる」と話していました。
静かな退職というスタンスを固めるまえに上司へ相談した様子もうかがえましたが、異動や業務変更も見込めず昇給もないという上司からの返答から意欲をなくしたようでした。
彼への密着の中で「上司との会話はAIに作成まかせている」と話し実際に上司への文面をAIに作成させている姿にはとても衝撃をうけましたが、AIが台頭してきた現代においてその人にとっての省力化したいと思うことが社内コミュニケーションなのであれば、これもひとつの手段であり否定できない価値観なのだと考えさせられました。
サイレント退職との違い
静かな退職は、従来からある「サイレント退職(悩みを周囲に相談できず突然退職する)」と混同されることがしばしばあります。
しかし、先に述べたように“退職せず最低限の働きを提供しながら在籍し続ける”のが静かな退職の最大の特徴であり、その点では過度なストレスから自分の心身を守りながら職場で最小限の役割を維持しているといえ、バランスを取る行動として評価できるのかもしれませんね。
静かな退職が広がりを見せる背景
静かな退職についての説明は上の章で触れた通りですが、先のインタビュー対象者である方もそうであるように、静かな退職を選択した方々がなまけていて仕事をしていないわけではありません。
出世を望まず、残業もしない、指示されたこと(だけ)をやるといった姿勢は消極的に映るかもしれませんが、キャリアアップに興味がなくとも「給料に見合った仕事量は提供している」と自負するケースもみられます。
また、静かな退職を選択する者からは、即座に転職など環境を見直すことには給料が下がったり今よりも激務な職場になるリスクを背負うため、最低限の働きを提供しながら在籍し続けるほうが安定を維持できるといった意見もあるようです。
静かな退職が広がりを見せてきた背景には、第一に働き方の多様化が挙げられると思います。
ワークライフバランスという言葉がすっかり浸透したように、社会では仕事とプライベートの両方を充実させたいという意見が聞こえるようになりましたよね。
このような働き方に対するスタンスのトレンドは日本だけでみられるものではありません。
中国では、競争社会や過度な消費社会に嫌気が差した若者たちが最低限の生活で満足し、努力や向上心を捨てて生きるライフスタイルを指す「ねそべり族」というワードが注目を集めていること、世界各国で競争社会へのアンチテーゼがみられるようになったと先述のニュース23内でも触れられていました。
静かな退職は “悪”なのか?
静かな退職への嫌悪感は少なからずあります。むしろ、まだ市民権を得られていないというほうが近いかもしれません。
先述のニュース23内でも、管理職・役員に対するアンケートが紹介されており、そこでは静かな退職が周囲へ影響を及ぼさない(静かな退職を許容する)と答えたのは11.9%にとどまり、連帯感が低下する、仕事量の偏りによる不満が募るといった悪影響を懸念する声が多数派であるとされていました。
このようにまだまだ理解を得られづらい「静かな退職」は周囲へ悪影響を与える存在として捉えられますが、とある調査によると、優秀な上司の下では静かな退職が起こりづらく根本的な要因は上司にあるとする指摘もあります。
つまり、上司と部下の間で、信頼関係を築けていないことが静かな退職を誘発するといった見方です。
これも上司に恵まれなかったことと共通する視点かもしれませんが、周りに理想となるロールモデルが存在しないことも静かな退職を誘発する要因であるとされています。
高い熱量で働いてきた上の世代をみて熱量や業務量に待遇が見合っていないと感じたり、昇進した先の姿に魅力を感じられずに静かな退職を選ぶケースも少なくないようです。
初めから静かな退職というスタンスを望んでいたものはごくわずかで、大半がさまざまな経緯を経て静かな退職に至っています。
先の章でも述べたように、静かな退職には“過度なストレスから自分の心身を守りながら職場で最小限の役割を維持するバランスを取る行動”としての側面もあり、アウトバーンしてしまわないように細く長く働き続けるための生存戦略であると考えれば、当人にとっては静かな退職は最善の選択なのかもしれません。
では、周囲や会社にとって静かな退職は本当に“悪”の側面なのでしょうか?
この視点については、海老原嗣生さんによる『静かな退職という働き方』 (PHP新書)を通じて考えてみることにしました。
『静かな退職という働き方』/海老原 嗣生 著
静かな退職の取り扱いガイドブックと本書冒頭である通り、静かな退職を理解するのに最適な1冊です。
世の中ではまだ嫌悪されがちな静かな退職も、柔軟に受け入れてうまく活用することで労使双方にメリットを見出せることを教えてくれるので、怪訝に思っている人こそ一読の価値があると感じました。
まず、真面目に働く(働き過ぎる)日本人にとって、静かな退職という選択はある種のアレルギーさえ引き起こしかねない気もしますが、日本の常識は世界の非常識だということを知ることが重要だという切り口がインパクトがありました。
近年よく耳にする「ブルシットジョブ」(この書籍内では“あってもなくても変わらない意味のない仕事の蔑称”と和訳)であることも多く、海外ではもっとドライに仕事と向き合っているというのです。
企業の側に、無形のプレッシャーに対する従業員持ち出しの厚意に甘える姿勢が染みついていているのも問題で、海外ではこれらはリワードやアプリシエイト等による付加給の対象にすらなり得るものだといいます。
では、なぜ日本では自己犠牲をしてまで会社に尽くす精神が根付いたのか。そのヒントは賃金構成にあるようです。
日本で長く定着してきた賃金の年功カーブは、役職が同じままでも給料は年齢とともに上がります。これが「それにふさわしい仕事ができるように、能力アップしなければならない」というストイックさを労使双方に生んでしまう「負荷と見返り込みの設計」となってます。
このようなストイックなキャリア観は欧米では一部のエリートに限った話であり、大半の従業員は緩く長く現状維持で働くことが普通だといいます。
そもそも全員一律キャリアをたどるいわゆる年功管理というものが欧米にはなく、仕事やポジション、そして給料が人生の中でどのくらいのプライオリティを持つのかは自己選択することが尊重されるのだそうです。
対して日本ではまだまだ大多数の労働者が仕事を人生の中心に置いている事実があり、「昇給しない社員は給与相応に働けばよく、上も目指さず、会社に滅私奉公もしないことを認めるべき」という静かな退職の基本を受け入れがたい状況にあります。
この部分を変えないと静かな退職者を受け入れることも日本が抱える雇用問題を解決することもできないと著者の海老原先生は指摘されています。
日本が抱える雇用問題に、少子高齢化を背景とした高齢者の活躍の場の提供問題があります。
高齢者雇用の促進は叫ばれていますが、実際はまだまだ高齢者が去り未熟な新卒を大量採用していますよね。
これも欧米との比較となりますが、欧米は日本と真逆でシニアが歓迎されるというのです。
その理由は、日本のような賃金の年功カーブが無いために、シニアは若者と大差ない安い賃金で活躍してくれる頼りになるベテランとして「シニオリティ(先任権)」が守られ重宝されるのです。
日本のようにキャリアを年功管理して管理職ルートに乗せることなく現場業務に従事し続けてもらうため「緩く長く錆びない働き方」が実現します。
つまり、静かな退職がキャリアの選択肢のひとつとして認められれば、こういった年功管理が生む問題も解消でき、中途採用で必須要件とされてきた「年齢相応」「将来性」といったことからも解放され、中途採用が各段に容易になるとされています。
このほかにも、そもそも静かな退職者は職分をはっきりさせることとの親和性が高いので、厳しいマネジメントもしやすくなります。決してわがままな働き方を許すというわけではないことがわかりますね。
静かな退職者には、明確に仕事を与え、それができていない場合は許さない。逆にそれさえしっかりこなしたならば無形のプレッシャーは与えない、というのが静かな退職者への対応の基本姿勢です。
このようなドライで合理的な関係が成立するためには、もちろん静かな退職を選択する労働者の側にも心得が必要で、本書では「①ミッションはきちんと果たす」「②周囲に迷惑は掛けない」「③心証点は高く」といった3つのポイントを掲げ、各ポイントの解説もされていました。
静かな退職のスタンスをとる人への働きかけ
静かな退職を選択することは個人の自由意思であり、うまく共存できれば周囲にとっても必ずしも悪ではないことは上の章でも触れた通りです。
しかし、ネガティブな背景によって静かな選択という着地をした人の中には、潜在的にもう一度働き甲斐を感じたいと願っている人も一定数いるのではないでしょうか。
そのような人にとっては、機会があればもういちど全身全霊モードになるのも良し、つまり静かな退職のスタンスを貫く必要はなく、モードの切り替えがあっても良いのではないかと思います。
その前提のもと、仕事への熱量を挙げていくきっかけになりうる働きかけにはどんなものがあるでしょうか。例えば次のようなものが考えられるかもしれませんね。
・(熱量のグラデーションに対応できる)多様な働き方を導入する
・(不公平を感じさせないための)人事の評価制度に見直す
・ワークエンゲージメントを定期的に調査/点検する
・働き方に無理が生じていないかストレスチェックを実施して点検する
おわりに
静かな退職に対する意見は賛否さまざまかと思いますが、消極的だと非難して嫌悪感を抱く前に静かな退職を選択する人の心境を知ることができれば、それぞれのスタンスに応じた役割と評価が整った環境の実現に近づき、不公平感を抱かずに互いに理解を示しながら共存できるようになるかもしれないと感じました。
2章では参考書籍として海老原嗣生さんによる『静かな退職という働き方』を取り上げましたが、海老原さんはニュース23でも静かな退職に対する解説・コメントを出されていて、その解説のなかでの「今は労働人口が減って昭和のような24時間戦う無駄な働き方が難しい。共働き家庭が増える中、会社に縛られない静かな退職は家事や育児などと両立できる働き方」との意見に、なるほどだから現代に受け入れられるのかと納得感がありました。
また、番組には『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』で知られる三宅香帆さんも出演されており、“脱全身全霊の働き方から半身のはたらきかたに移行”“競争社会に全コミットするとバーンアウトしてしまう”といった主旨のコメントに私も共感しました。
各人が仕事とどういった距離感で付き合うかは自由ですから、「静かな退職」のような「積極的な消極性」にも理解を示す社会になるとよいですね。