視覚障害とともに生きる日常から考えた「支援」とは何か|映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』を通して

12月3日から9日は「障害者週間」です。
毎年この期間は、障害のある方の福祉について関心と理解を深める機会として、各地でさまざまなイベントや取り組みが行われています。
私もその一環として、週末に兵庫県立美術館へ足を運び、映画『目の見えない白鳥さん、アートを見にいく』を鑑賞してきました。本作は、書籍『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』の著者である川内有緒さんが、三好大輔さんとともに監督を務めたドキュメンタリー映画です。
全盲の美術鑑賞者・白鳥健二さんが、友人や学芸員との「会話」を通じてアートを楽しむ姿は、映画の紹介文にもある通り、「目の見える人にとっても驚きと戸惑い、そして喜びを伴う自由な鑑賞体験」そのものでした。
とくに印象に残ったのは、白鳥さんが過去の恋人との思い出を語る場面です。その瞬間、私は無意識に「恋愛経験があるんだ」と驚いている自分に気づき、同時に恥ずかしさを覚えました。もし障害のない人の密着ドキュメンタリーだったら、同じ感情を抱いただろうか。そう考えると、障害のある方に対して、恋愛や私生活をどこか切り離して考えていた自分の思い込みに気づかされました。白鳥さんがお酒を嗜むシーンでも、同じような感情が湧いたのを覚えています。
また、白鳥さんの美術鑑賞のスタイルも、私の先入観を大きく揺さぶりました。同行する友人や学芸員が絵について語る言葉は、意外にも主観的で曖昧な表現が多く、私はもっと客観的な情報を正確に伝えるものだと想像していました。しかし、そのやり取りは、目の見える人同士が同じ絵を前に感想を語り合う姿と大きく変わりませんでした。
さらに、自宅を再現した展示のシーンでは、白鳥さん自身が展示の一部としてそこに存在していることに驚かされました。タブーにもなりかねない構図にも思えましたが、白鳥さん本人も来場者も自然に触れ合い、その場を楽しんでいました。支援する側として「配慮しなければ」「踏み込みすぎてはいけない」と意識しすぎるあまり、共に楽しむ視点を欠いていたのかもしれない――そんな気づきがありました。
この映画を通じて感じたのは、障害の有無にかかわらず、一人の人としてフラットに接することの大切さです。そして、そうした学びを抜きにしても、白鳥さんの日常を垣間見ること自体がとても楽しく、心に残る時間でした。障害者週間という節目に、この体験を共有できたことを嬉しく思います。
